2013年2月27日水曜日

大切なことは何か?

 TC君(ブログ初登場)と高校受験用の面接対策をした。彼は、3才で母国→日本、小学校低学年で日本→母国、小学校高学年で母国→日本という、いわゆる『移動する子ども』である。1年半前「学校の勉強について行けないのでなんとかしたい」とU18にやってきた。確かにテストの点数や成績表は、かなり深刻な状況だった。塾に行ったこともあるが、成績は上がらなかったと言う。聞けば、家庭環境もかなり複雑で、家庭言語も2言語ミックス状態だ。3歳以降、彼の中で二つの言語が激しく入り交じり、入れ替わっている。日本語に関しては、話すのは流暢である。実は、これが大きな誤解を生む。日本語に問題なしと思われ、適当なサポートが受けられないのだ。しかし、読み書き、語彙力、さらには基礎学力は、同学年の日本人レベルから見れば、かなり見劣りがする。これでは、中学の学習を自力でやれ!というのは酷だろう。

 それから、時間を見つけては彼と一緒に勉強した。残念ながら学力面では、飛躍的な伸びには結びつかなかった(多少テストの点数は上がったが)。しかし、私はあまり心配していない。なぜなら、一緒に勉強していくうちに、だんだん彼のことが見えてきたからだ。彼は自分のことがよくわかっている。努力する方法を知っている。何より人を見る目がしっかりしている。

 面接対策の中で、彼に休みの日の過ごし方を聞いた。
「パソコンでいろいろ調べることが多いかな。友達がAKBのファンなんだ。おたくって言うんでしょ?でも、友達の言うこと、知らないことばかり。だからユーチューブ見たりする。それから社会問題に興味があるから、竹島、尖閣諸島とか・・・いろいろ見るよ。最近よく聞くアベノミクスって何?どう思う?
「そうやって調べておいて、次の日、自分から友達との会話に加わるんだ。友達と話が合うと、とても楽しいよ」
いきなり、アベノミクスなんて言われても、こっちが返答に困っちゃうよ。でも、こういう気持ちと実行力があったら、言語のハンディなんて吹っ飛ばしちゃいそうだ。
 
自分の長所、短所については
「長所なんてあるかなあ。短所はあきらめが早いことだな」
短所は確かに当たっている。勉強でも、数学、英語などかなり粘りが足りない。長所については、私から提案してみた。
「君のような環境(特に家庭環境)で育ったら、中にはグレて(この言葉はわからなかったので、悪いことをすると言い直した)しまう子もいるよ。でも君は素直だし、家族のこともすごく冷静に見ているよね。自分の置かれている状況や自分の気持ちを、的確な日本語で表現することもできる。君の言葉を聞いていると、正直言って、時々(その言語センスに)やられたって思うことがある。君の年齢で、これってすごいことなんじゃない?だから、長所は『芯が強い。自分を律することができる』とでも言ったら良いと思うよ」
彼はそうかなあと頭をかいていたが、まんざらではなさそうだ。それでも照れ隠しなのか
「僕には、グレてしまうだけの思い切りがないんだ。それに、親に迷惑がかかるでしょ。そういうのってめんどくさい。だから悪いことはやらない」
恐れ入りました。本当に自分をきちんと見つめている。

 2言語環境で育つ子どもたちと付き合うとき、とかく支援する側は、ダブルリミテッドとか、言語レベルとか、成績アップとかにとらわれがちだ。確かに彼は、母語の読み書きはほとんどできない(話すのは多少できる)し、日本語で学年相応の学習をするのも大変だ。定義上は、正真正銘の(?)ダブルリミテッドだろう。しかし、彼の心の確かさは本物だ。あの家庭環境で、あの言語状態で、あの心はどうやって育まれたのだろう?彼を見ていると、子どもに向き合う時、本当に大切なことは何なのか、根本的に問い直せと言われているような気がする(