2015年2月26日木曜日

たて,よこ,くるりん!!

 ①「たて,よこ,よこ」
 ②「たて,よこ,よこ,たて,くるりん」
 ③「よこ,よこ.たて,ちょっとくるりん」」

にぎやかな声が響き渡ります.いったいこれはなんでしょねぇ・・・?


答えは ①=に,②=ほ,③=ま


これは文字の書き方(書き順)です.



 西アジアの政情不安な国(A国)から,おきゃんで世話焼きのお姉ちゃん(小4)とシャイでぼーっとしている弟君(小2)がやってきたのは去年の10月(その時のことはU18のお兄ちゃんを読んで下さいね).


 二人の母語はB語である.多言語国家であるA国の一言語.日本人でこの言葉を知っている人は非常に少ないだろう.はかろうじて言語の名前を知っていた.初対面で共通のことばが皆無の時,
たった一言「B語?」と問いかけてみた.そうしたらお姉ちゃんは一気にニコニコ顔になり,得意げに文字を書いて見せてくれた.その文字とは・・う〜〜む
 
 お姉ちゃんが書いてくれたのは,右から左に綴っていく文字である.ペルシア文字の系統と言われるが,アラビア語にもペルシア語にもない音などもあるそうだ.文字同士がつながって書かれるので,には一つ一つの文字の区別すらわからない.加えて二人は,abc(アルファベット)を全く知らなかった.
 外国から来た子と接するとき,共通言語がなくても,お互いに共通文字があることもある.中国の子なら漢字,アルファベット圏の子ならabcである.この場合は,文字がコミュニケーションの手がかりになってくれる.しかし二人の場合,手がかりゼロである!

 案の定,二人のひらがな学習は困難を極めた.覚えたそばから忘れていく.もともと紙を斜めに置く癖(外国にルーツを持つ子に非常によく見られる)がひどいので,一生懸命書いても,ちっとも形にならない.ましてや弟君の方は,母国でもやっと文字を覚えたくらいの学年である.そこに見たこともない異次元文字を詰め込むのだから,考えてみればなんとも酷な要求である!内心,恨むなら親(留学生)を恨めよと思いつつ,ヤッチャルメンバーみんなで心を鬼(?)にして,二人のひらがな学習につきあっている.

 
 ところで,ヤッチャルには,ベテランボランティアのTさんがいる(読み聞かせ担当としてこれまでに何度か登場した).彼女は元国語教師である.それゆえ(?),彼女の文字指導はなかなか厳格だ.特に書き順には相当うるさい!なんぞは『書き順は上から下,左から右がだいたいできていればいいや』で超アバウトであるが,Tさんは根気よく(言葉が通じなくても)直していく.

 そんなTさんでも,覚えの悪い弟君には手を焼いていた.だんだん声が大きくなり

「そうじゃない.もう一回書こう.あ〜違う・・・いい?,よこ,たて,くるりん.もう一回,よこ,たて,くるりん,これが「よ」よ」
 実は弟君もお姉ちゃんも,そもそも,よこ,たて,なんて言葉が全くわかっていなかった.それでも音を口に出し,手を動かし,目で確認する.この三点セットを何回も何回も繰り返すうちに,自分が何をしているか,自分が書いている文字がどういう音で,どういう形なのか,わかってきたようだ.

 弟君への指導を見て,おきゃんなお姉ちゃんも,これはおもしろいと思ったようだ.ただしお姉ちゃんは,弟君よりは多くのひらがな,カタカナを覚えていた.それを表すには,縦,横,くるりんだけでは足りない.お姉ちゃんは,知っている語彙を総動員した.

「先生,先生,たて,たて,おおきいくるりん,ちょっとくるりん,なに?」
大きい,ちょっとなど,実に的確に使う.お姉ちゃんの勘の良さは,その後随所に発揮されていくが,これはまさにその片鱗だった.
「え〜〜,なんだろう.先生,そんなの知らないよう」
「え〜,先生,だめ?」
勝ち誇ったような笑顔だ.
「ぬ!!」

 しかし!!,いくら先生(?)でも,これはちょっと無理というものだろう.と言うことで,もう一つ「ななめ」という言葉を伝授する.

 ここから先はこわいものなしだった.
「先生,先生,横,ななめ,ななめ,大きいくるりん」(あ)
「先生,先生,よこ,たて,ちいさいくるりん,もっとたて」(す)
「先生,先生,たて,おおきいくるりん,たて」(ゆ)
繰り返し繰り返し問いかけてくる.特に「くるりん」がお気に入りのようだ.日本人が何となく「かわいい」と感じる音だと思うが,そのあたりの感覚は同じらしい.

 子どもたちが何かを覚えるとき,特に文字を覚えるとき,欠かせないのが反復練習だ.「一回で覚えられないのなら,繰り返し繰り返し練習するのみ!」
指導者は皆,こう考えるだろう.しかし,反復練習なんて,だれにとってもそれほど楽しいものではない.加えて,効果の無い方法でやっても意味はない. 

 その点,この「たて,よこ,くるりん」法は,なかなか効果的な方法である.考えてみれば,「たて,よこ,くるりん」が自由自在に言えるということは,頭の中に文字の「像」が結ばれているということだ.形を思い描けなかったら,こういう表現はできない.そして,思い描くときに重要なのが書き順だ.「たて,よこ,くるりん」は,書き順を守らないと毎回同じ順番にならない.毎回同じ順番でいうからこそ,反復練習となり,それゆえ像を頭の中に焼き付けていける.
 もう一つ重要なのが,「たて,よこ,くるりん」で,子どもも指導者もおなじ「像」が描けるということだ.それを可能にしているのも,実は書き順である.書き順を守るからこそ,お互いに同じ形(文字)を思い浮かべることができる.だからお姉ちゃんのような,クイズ遊び(問う人がいて答える人がいる)も可能になるのだ.

 書き順を侮るなかれ!!きびしいTさんの指導があればこそ,反復練習が楽しいものになったのだ(アバウトなは大いに反省しています).

 最近,二人の文字学習の進歩は著しい.もちろん,来日して約半年.語彙が増えてきたことも文字学習と大いに関連している.りんご,みかん,ゆき,つくえ,いす・・実物を知っている言葉,音を知っている言葉なら,文字を書く時に自信が持てる.

 像(形)の認識,語彙の増加,この二つがうまく結びついて,このところ二人の文字学習は,かなりいい調子になっている.お姉ちゃんは漢字にも取り組み始めている.

*実は「たて,よこ,くるりん」のような方法は,文字や読み学習の困難な子には,よく取り入れられているやり方なのだそうだ.漢字学習なら「親という字は“木のうえに立って見る”のよ」のように,パーツに分けて声に出しながら書く方法もある.子どもに応じて,いろいろ工夫したいところだ.

この年(?)になると未知の文字はなかなか覚えられませんでした
(2014年9月に韓国にて)