2012年2月20日月曜日

『いつ帰る?』は聞かないで・・・

 1ヶ月間ブログからご無沙汰してしまいました.U-18の子どもたちはあいかわらず元気に,そしてたくさんの問題を抱えて勉強しています.
 
2月18日(土)に外国につながる子どもたちの『保護者の集まり』を行った.3カ国6人が出席.中国語,英語,ポルトガル語が飛び交う有意義な集まりだった.その席でちょっと気になる発言を耳にした.
「日本の人たち,特に学校の先生は私に『いつまで日本にいますか?』と必ず聞いてくる.でもそんなことは私(親)にもわからない.仕事があれば日本にいたいし・・・うまくいかなければ帰らなければならないし・・・』
 その事情はよくわかる.日本全国,親のそういう事情で日本に滞在している子どもがたくさんいる.その人は続けて
「だから,いつ帰る?は関係ない.今日本にいるのだから,子どもには日本でやれることをしっかりやってもらいたい.私とは母語で話して欲しいけど,学校ではきちんと日本語で勉強して,日本語をマスターして欲しい.学校の先生たちもそう教えて欲しい」
 う〜ん,確かに親はそう思うだろう.しかしこの発言,一見正論なのだが,実は大切な点を見落としている.
 U-18には日本と母国を何回か往復している子どもが数人いる.その人の子どももそうだ.つい最近日本に戻ってきた.日本語は日本時代を思い出したのか急速に回復しているが,学力は年齢相当とはいいがたく,日本語で授業についていくのは全く苦しい.かといって母語で学習用語がわかり,母語で考えられるかと言うと,そこも苦しい.つまり,いくら日本でやれることを一生懸命教えようとしても,その子には言語,学力ともに基礎がない.基礎を作り直すには膨大な時間がかかる.親子ともに,プライドをすててそれに取り組む覚悟があるのだろうか.もちろん,ヤッチャルでは土台再構築に取り組む予定だが,取り組んでいる間にまた母国へとなったら,こっちだってやってらんなくなる.
 
 子どもの言語の力,学力は積み重ね,継続によって培われる.思考できる言語,それなりの学力を持つためには,少なくとも中学生(出来れば18才)まではひたすら積み重ねる必要がある(と私は思っている).ひとつの言語(殆どの場合は母語)で学習しても,小学校3〜4年生や中学で壁に突き当たる子が多いのだ.それが国が変わり,言語が変われば,そのたびにそれまで積み重ねてきたものを断ち切って,新たな取り組みを始めなくてはならない.今までやってきたことは何だったの?と子どもは思うだろう.学習や言語の根っこを断ち切り,土台のない所に新しいことを詰め込む.本当に残酷だ.
 つまり「日本で出来ることを・・・」といくら言っても,基礎が無ければどうしようもない.しかもその基礎を断ち切ったのは(どんな事情があろうと)親自身である.自分は基礎があるから良いが,子どもはどれほど苦しいことか.
 もちろん2言語は基盤のところでつながっているから,それまで積み重ねてきた言語(での学習)を継続しつつ,日本語を入れていくことが出来れば理想的だ.平和や定理や線対称なんていうことば(いわゆる抽象的概念),母語でわかっていれば一発なのだ.これが出来る子の数学の伸びは目を見張るものがある.
 しかし,日本ではそれが難しい.母語を伸ばす環境は整っていない.それ以上に親の認識が壁になることがある.
「日本に来たのだから,日本語を勉強しなさい.日本語で勉強しなさい」
U-18での勉強中
「母語を使ってもいいのですか?使っては日本語がうまくならないでしょ?」
とまで言う人もいる.でも,そうまでして日本語を強要しているのに,また数年で(親の都合で)国を変わったら子どもはどう思うだろう.その一方で
「私が母語で話しかけても,子どもは日本語で答えてくる.心配だ.淋しい」
いったい子どもにどうなって欲しいのだろう.子どもの言語や学力は,ある年齢までは,絶えることなく積み重ねなければ身につかないということがわかっていない.積み重ねるためには,その重みに絶える強固な基礎,基盤,根っこが必要だ.


 どこに住んでいようと,子どもに根っこを作る.これが親のつとめのはずだ.ある人は「どこに住んでも良い.家族が一緒で仲良しなら」と言った.これだってすばらしい根っこである.この根っこがあれば,どんな困難にも立ち向かっていけるだろう.子どもには積み重ね,継続,安定が必要なこと,自分(おとな)とは条件が違うことを,親はしっかりわかって欲しい.(